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解任の正当理由と大株主の承諾に基づく取締役の行為-裁判例

2019年06月03日事例

 前回紹介したとおり、一般論として大株主の承諾に基づく取締役の行為は解任の正当理由になりません。ところが、とある地方裁判所の判決は、大株主の承諾に基づく取締役の行為が解任の正当理由になるとして、取締役の損害賠償請求を否定しました。判示内容は次のとおりです。
 「大株主の承諾が、経営上の合理性という観点からではなく、取締役の要求等を承諾しなかった場合の煩わしさを避けたいという消極的感情を動機としてされたこと…合理性の乏しい承諾があることを理由に取締役の行為の背信性が否定されるとはいえず、取締役の適性が不問に付されるともいえない。」
 この判決は、要するに、経営上の合理性のない消極的感情による大株主の承諾は取締役の背信性を正当化しない、というものです。一見すると、もっともらしい判決のように思われます。しかし、実はこの判決は不当なものです。
 まず、この判決のいう「取締役の行為の背信性」という観点は、慎重な検討を要します。たとえば、背信行為の典型例は横領ですが、横領とは株主の承諾なくほしいままに金員を領得することを意味します。逆にいうと、株主の承諾のある領得行為は横領ではありません。この例からも分かるとおり、背信行為と大株主の承諾は両立し難いことになります。また、大株主が取締役の背信行為に対して承諾を与えることは通常考え難い事態です。大株主が承諾を与えているということ自体が「取締役の行為の背信性」を否定する事情になります。実情としては、「大株主の承諾のある背信行為」というものは想定し難いのです。
 ただし、法理論的には、大株主の承諾が取締役の強迫によってなされた場合などは、意思表示の瑕疵に関する強迫取消などの法理論によって承諾の効果が否定されることがあり得るのかもしれません。しかし、そのような法理論を適用する大前提の事実認識として、大株主は取締役を支配しているという現実を忘れてはいけません。取締役は大株主に支配されているため、取締役が大株主に対して強迫を加えることは困難です。もしも取締役が大株主に対して強迫行為をしたとしても、大株主は取締役に対して対抗措置をとるでしょうし、承諾を与えることは通常あり得ません。
 また、この判決のいう「消極的感情」という点も問題があります。大株主が取締役を支配しているという現実からすると、大株主が消極的感情によって大株主に承諾を与えるという事態は想定し難いところがあります。仮に大株主が承諾を与えたにもかかわらず、事後的に「消極的感情」という理由によって承諾の効果を覆されて解任の正当理由にされるのであれば、取締役は進退窮まることになります。そして、取締役が株主の「消極的感情」を気にして経営することになると、取締役の経営活動は委縮することになります。その結果、取締役は挑戦的な経営を避けるようになり、大局的観点からすると株主の利益を害することになります。
 さらに、この判決のいう「経営上の合理性」という観点も要注意です。一般論として、裁判所が「経営上の合理性」を判断することは困難です。「経営上の合理性」という現実は、将来予測を含めた複合的事象の積み重ねですから、限られた証拠の表層から検証することは困難です。そもそも、株主の決定に「経営上の合理性」があろとなかろうと、取締役は株主の決定に従わざるを得ません。それにもかかわらず、株主が「経営上の合理性」が無かったと事後的に主張し、株主自身の決定を棚にあげて解任の正当理由にすることは、取締役に責任を不当に押し付けるものでしかありません。
 これらの点に鑑みると、この判決は実務上の見地からも法理論上の見地からも失当です。なお、この判決は控訴審の東京高等裁判所において破棄されており、先例価値が無いことが確定しています(当事務所担当案件)。